Materialz - ZUNDAとオートバイたちとの記録

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ZUNDAとオートバイたちとの記録

2002 - 新疆ウイグル自治区旅行記 - 1

Travel - EastTurkistan (Xinjiang)


2002年7月~8月にかけて中央アジア中華人民共和国新疆ウイグル自治区を約一ヶ月間旅行しました。
私がその土地を旅して感じたこと、考察したことを記録しています。
写真はこちら↓
Yahoo!フォト

※注意
2002年からこの地域の情勢は激変しています。既に過去の物となった情報が含まれています。

Wulumuqi市にて
中国新疆航空のオンボロボーイング767の窓から地上を見ていると、最初は延々と砂漠が続き、木一本みあたらない。
しばらくすると遥か遠くに雪をかぶった天山山脈の頂きが見え、発電所・ダム・高速道路などの人工物がヤルダン地形を削って作られているのが見え始める。
それ以外は広大なブドウ畑と、広大な荒地。

徐々に高度を下げ、航空機はウルムチ市郊外の新空港に着陸する。

この空港は非常に綺麗で、今年開港したばかりだとのこと。

空港には加藤教授の教え子であるJさんが迎えに来てくれていた。
時刻は午後7時過ぎなだが、まだ昼間という感じ。

綺麗な空港から一歩外に出ると、外は砂っぽくて、空気が乾燥していて、空は雲一つ無い快晴。風景はバンガロールに近い感じだろうか、少なくとも上海とは異質な土地であることは確か。

ウルムチは非常に広く、空港から市街地まで高速道路を使っても50分くらいかかった。 市の中心部に入ると、近代的な都市が広がっていて、飛行機から見た広大な砂漠の中にあるとはとても思えない。

都市は漢字とまったく読めないウイグル文字の渦。
他の中国の都市とは違い、人口密度は低く、人口は208万人で、急激に人口が増えているとのこと。

ウールームーチーはモンゴル語で「美しい牧場」の意味。
今は牧場の面影はないが、確かに天山山脈の麓で、砂漠地帯では例外的に雨が降るこの地は本当に美しい場所だったのだろう。
今は石炭や排気ガスの汚染で見る影もないけれど・・・。

ウルムチは最も長く滞在し、三週間以上滞在した。

その間殆どを新疆医科大学の学府賓館(大学宿舎)で過ごすこととなった。
この宿舎が曲者で、今年の六月に完成した新しい建物なのだけれども、早速壁にひびが入っていたり、排水管が壊れているのか上の階の住人がシャワーを浴びると水が染み出してきたり、ドアのたてつけが悪く開閉のたびに削れていくドア・・・などなど挙げたら限がない程の出来だった。


滞在中の朝は早く、いつも朝五時に起床、五時半から太極拳の講習。

太極拳というと若い人にバカにされるが、これがなかなか体力を使い、はじめのうちは筋肉痛で悩まされる事となる。
しかも、講師が医科大学のW助教授で、太極拳の中国全国大会で優勝し鄧小平から直々に賞を貰った人なので気が抜けない。

7時に終わり、朝食を食べる。
宿舎の朝ごはんは10元(約150円)もするので敬遠し、すぐそばの大学病院通りの露店で肉なし饅頭やらナーンを買って、不味いジャスミンティーで済ましていた。
なぜお茶が不味いかというと、金をケチって(といっても一ヶ月で500円するかどうかなのだけれども)宿舎でただで貰える安物のジャスミンティーのティーバッグを水道水で飲んでいたから。
ウルムチの水は硬水でもちろん飲めないので、沸かしてから飲むのだけれども、この湯沸かし器が電線むき出しで、沸かしている途中で水に指を入れると感電する、というとんでもないシロモノ。
その上ここの水はもともと塩分濃度が少し高いので、沸かすと明らかにしょっぱい。そのしょっぱいお湯で不味いティーバッグで飲むので最悪の味だった(でも毎日飲んだ)。

九時から中国語の講義。この講義はU助教授に教鞭を取って頂いた。この教授は一応理解できる日本語を話すのだが、かなり曖昧な発音なので、でなかなか中国語の理解に追いつけなかった。
最後の講義までで理解した中国語は簡体字のパターンと自分の名前を北京語で言うくらいだろうか(ちなみに現在ではほぼ忘れてしまった。ゴメンナサイ)。

午後は中国医学の講義があったが、基本的に自由時間だった。

本当に疲れた時はずっと寝ていたけれども、なるべくウルムチの街を歩き回った。

昼時なので、腹を満たすために、よく近くの清真牛肉面店でラーメンを食べた。
清真とはハラルフード(コーランの中で許容されている食品)のこと。

ラーメンの味は店によってだいぶ違い、日本人が食べたら失神するような辛さの店や、香菜が程よく効いてる店、中華スープの味の店もあり、値段は3~5元(約45~75円)で安く、量もそれなりにあった。

腹ごしらえをした後、公共交通公司のバスで市街地に移動した。これは要するに市営バスで、日本と違う点として、まず小型バスと大型バスの二種類のバスがある。料金は大型・小型共にどこまで乗っても一元(約15円)。

大型バスの方は速度が30km/hぐらいしか出ない鈍行だが、ほぼ必ず座ることができた、システムは日本と大して変わらないので、説明は省略。

小型バスはツーマンで、運転手と車掌がいる。こっちはスピードが出るので人気が有るが、優に20万キロ以上走っていそうなオンボロバス揃いなので、乗り心地は最悪。
システムは日本と異なり、車掌の給料が歩合制なのである。そのため、自分のバスの売り上げを上げるために車掌はみな必死。
大声で「イーロイーロ!(一路・・・第一路線)」やら「ヤオリンヤオルー!(101路)ホンシャン!(紅山・・・ウルムチ中心地の地名)リンミングァンチャン!(人民広場)」と叫んでいた。

バスの中では、みな老人に席を譲っていたので、ここは非常に関心できた。
しかし、子供連れの老人は席を譲ってもらっても、まず子供を座らせるので、正直これはどうかと思った。やはり一人っ子政策の弊害なんだろうか。

宿舎から一番近いバス停は1路の始発点だったので、毎回確実に座ることが出来た。

(「2002 - 新疆ウイグル自治区旅行記 - 2」に続く)
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