Materialz - ZUNDAとオートバイたちとの記録

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ZUNDAとオートバイたちとの記録

2009 - ウイグル族の怒り

近代の中央アジア史とその考察+若干の実地調査から7年後

以下の内容は中央アジアの歴史と現況の話なので、そーゆーのに興味の無い方はパスしてください。
つーかここはDR-Zの事しか書かないつもりだったのですが・・・今回の事件を聞いて、どうしても書きたくなったのです。
お許しください。

2009-ウルムチ大暴動から

私の愛したウルムチの町が燃えています。
写真を見る限り、「漢族」のエリアと「ウイグル族」のエリアの境界線付近での暴動がひどいようです。
砂埃にまみれ、気温40℃の中汗だくになって、しょっぱくて不味いジャスミンティーを飲みながら歩いたオアシスの町が。

今回の暴動での死者150人以上ということですが、これは同時期に起きているテヘランの暴動よりはるかに規模が大きいということでしょうか。
数千人単位の負傷者がいるそうですが・・・。
お世話になった漢族・ウイグル族・ハザカ続・モンゴル族の方々は無事でしょうか・・・

「2005 - ウイグル族の怒り」でも書きましたが、いずれこうなることは明白でした。

都市部のウイグル人はおそらく、このまま現状を維持する道を望んでいると思います。
しかしながら、この結論には大きな条件があります。
それは都市部のウイグル人の生活水準が悪化した時です。

2008年のリーマンショックから、また世界は変わってしまいました。
世界恐慌に近い状況の中、中国は4兆元(58兆円)に及ぶ公共投資を行い、世界で最も早く景気回復する国と言われています。
しかし、それは辺境の砂漠の町まで波及するでしょうか?
石油で活路があったウルムチですが、原油価格も暴落し、旧ソビエト諸国との玄関口とはいえ、ウイグル族の一般市民にこの恐慌下でどのような影響があるのでしょう?

北京オリンピックの直前にはウイグル族と同じような境遇のチベット族がラサで暴動を起こしました。
まだチベット族は「ダライ・ラマ」というモノホンの生き菩薩がいて世界的に有名ですが、ウイグル族にはそのような指導者はいるのでしょうか?(いるらしいのですが、世界中どのメディアも取り上げません)

彼らはなぜ暴動を起こしたのか?
いや、なぜ暴動を起こさざるを得なかったのか?

それは差別と絶望からなのか?
それとも自らのアイデンティティのためか?

中国政府はどんな手を使ってでも暴動を鎮圧するでしょう。
その後に待ち受けているのは・・・更なる抑圧でしょうか。それとも懐柔政策でしょうか。

中国は多極化の世の中、アジアの大きな柱となるでしょう。(それが日本にとって良いかは疑問ですが)
そのためにはどんな手段をとるべきなのでしょうか?
西側に配慮した人道的な態度か?
それともホロコーストか?

全てのウイグル人に幸いあれ。
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